親父の選択

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落合博満というスラッガーが大好きだった頃

      2015/05/16

三冠王という言葉を久しく聞かなくなりました。野球の話です。10年前にソフトバンクの松中選手が獲得したのが最後です。

もちろん優秀なバッターが打率、本塁打、打点と3つ揃えて誰をも抑えて1番になるという、運もないと取れないんだろうなぁと思うタイトルが三冠王です。そう簡単に獲得できるタイトルではありません。

ところが親父が小学生の頃、そんな三冠王を3度も獲得したすっげぇ格好いいスラッガーがパリーグにいたんです。落合博満です。

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BBM1999 ベースボールカード レギュラーカード No.544 落合博満

当時小学生の親父にも落合の打撃フォームがほかの選手と違うことは一目瞭然でした。ゆったりした体全体の動きから、両腕の先に握られたバットだけがまるで昆虫の触覚のようにボールへの反応を待っています。バットは横に寝かすように、時には上に立てたりして、振りかざすタイミングを図っています。

そんなバットの餌食となったボールは、まさに「乗せられる」ように軽くスタンドに放り込まれます。

真似したなぁ。。

 

2年連続三冠王を獲得した落合を当時のロッテが中日ドラゴンズへと移籍させました。ロッテが落合の要求する年俸を払えなかったんです。プロ野球選手の給料、年俸が普通の家庭の人たちとは遥かに次元が異なることを知ったのは確かこの頃です^ ^

BBM1999 ベースボールカード レギュラーカード No.545 落合博満

落合が移籍してきたちょうどこの1987年から中日のユニフォームが現在のドジャーズっぽいデザインになったはずです。

似合ってました。

当時ジャイアンツのエースだったサイドスローの斉藤正樹(現在はジャイアンツのピッチングコーチです)。1989年8月12日ナゴヤ球場、9回までいいように抑えられていたドラゴンズ打線はノーヒットノーランの偉業を斉藤にプレゼントする直前でした。ジャイアンツの得点も3点、その日の斉藤には勝利するにも十分です。まずは簡単に1アウト、あと二人。その後に星野監督が送った代打(すみません、誰だったか忘れました..)がようやく初ヒット。よし一矢は報いたな。

この時点でも斉藤は余裕シャクシャクでしたが、気がゆるんだのかその後フォアボールとヒットを与えて1点を返される事態。ちょっと表情が変わります。そしてランナー二人をおいて2アウト、バッターは4番落合。

この時テレビで見ていました。今でも鮮明に覚えています。

ゆったりとバッターボックスで構える落合、バットはやはり不気味にゆらゆらと動いています。

斉藤が投じた真ん中低めのストレートにバットが反応しました。決して簡単なボールではありません。しかし落合のバットに乗せられたボールはセンターから右中間寄りスタンドにぽぉーんと放りこまれました。

すっげー落合!!やっぱり落合だぁ!!

 

ホント落合、好きだったんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

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